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院長のひとりごと

2021/09/13  国立山中病院(旧海軍病院)の思い出。


私は、昭和50年代に国立山中病院に週一回のバイトを、三か月間単位で何回か行ったことが
あります。

昔は海軍病院(長い間、陸軍病院だと思っていましたが、今回調べてみて気付きました)だった
そうです。
いろんな思い出がありますが、附属看護学校の講義をした合間に見せて貰った、医療器具の
棚を見せて貰ったことが忘れられません。

見た事もない器具が並んでいました。
どれも年代物で、先の大戦時だけでなく、日露戦争の時に使割れたものも陳列してありました。

中でも印象に残った器具。
鷹爪の形をした、中指の太さの器具です。爪状の周囲を二つの半円筒状の莢が覆っています。

何に使うと思いますか?

同じような形をした器具で、緊急の気管切開が出来ない、生死を分ける時に喉仏に差し込む
器具を見た事があるのですが、二回りほど太いので、これは何に使うのですか?と案内して
くれている方に聞きました。

戦地で、オシッコガ出ずに膀胱が破裂する危険がある時に下腹部に突き刺せて排尿させる
器具でした。
戦地の野戦病院では、こういった器具を使わざるを得ない阿鼻叫喚が無麻酔で行われていた
のでしょう。

そういった環境で医療を行った医師は、戦後、『軍医上り治療が荒いから』と言われました。

国立山中病院は、立派な病院で、野戦病院では勿論ありません。
海軍病院だった時に入院した兵士は、ましだったと思います。
日本軍で、野戦病院が機能したのは、日露戦争まででしょう。
太平洋戦争では、傷ついた兵士はまともな治療を受けるどころか、食べ物が無く餓死した兵士の
数が戦死した兵士数よりも圧倒的に多かったのですから。

野戦病院では、皆さんが思っているような、痒い所に手が届くような治療は受けられない覚悟を
しておいた方が良さそうですね。
私も含めてですが。

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